Jay Smithの故郷がニュージャージーだった。それだけなら、事実の一行で終わる。 しかし、Brad BartzとJay Smithが日本でインターネットの黎明期を駆け抜けた物語の中では、 その一行が重くなる。東京の小さな事務所、掲示板、電子メール、英字新聞、 企業広告、外国人社会、米国商工会議所、そして日本の通信会社との交渉。 そのすべての先に、.co.jpという日本の住所をめぐる戦いがあった。
インターネットがまだ巨大な商業空間ではなく、未来そのものに見えた時代があった。 その時代に、名前は単なる記号ではなかった。名前は土地だった。看板だった。 店舗だった。事業計画だった。未来の市場へ向かう入口だった。 Japan.co.jpという名前を取ることは、日本という言葉を奪うことではなく、 日本語のインターネットに正面から参加するという宣言だった。
その感覚を理解しないと、この物語はわからない。 いまの感覚でドメイン名を眺めると、ただの資産に見えるかもしれない。 しかし当時は違った。インターネットはまだ形を探していた。 誰もが、これがどこまで大きくなるのかを完全には理解していなかった。 だからこそ、早く気づいた者にとって、名前は未来を切り開く刃だった。
ゴジラ条項という、真面目すぎる会議室の穴
この物語の明るい入口は、東京の会議室にある。Compaq JapanのVic Muraiが、 BradにNTT PC Communicationsの社長との面談を設定する。 当時のIACは、掲示板と電子メール、企業向けのオンライン情報サービスで勢いを持っていた。 NTT側は全国のダイヤルアップ接続インフラを構想していた。 BradとJayは、その場で事業の骨格を作る。NTTが構築し、IACが売る。 収益を分ける。単純で、強い。
そして契約書が作られる。普通の契約書なら、不可抗力条項には戦争、台風、地震、 暴動、火災などが並ぶ。だがBradは、そこにゴジラを入れた。 ふざけているようで、実はふざけていない。契約書にゴジラを書くとは、 相手が本当に契約書を読むかを試す行為であり、同時に、東京という都市の神話を 会議室に持ち込む行為でもあった。
NTT側がその条項に気づく。部屋が止まる。Jayは凍る。 事前に知らされていなかった最終版の契約書に、ゴジラがいる。 普通なら、その一瞬は失敗の入口になる。だが起業家の勝負は、 しばしば沈黙をどう扱うかで決まる。Bradは沈黙を使った。 そして、東京にいるのだから当然だ、という身振りで、会議室の緊張を笑いに変えた。
社長が笑い、ペンを取り、契約書に署名する。 ゴジラ条項は残った。ここに、BradとJayの事業の本質がある。 過剰な冗談ではない。単なる度胸でもない。真面目な契約の中に、 その場の人間性を試す小さな爆弾を置く。その爆弾が爆発せず、笑いに変わった時、 契約は紙以上のものになる。
ゴジラ条項は、契約書の冗談ではなかった。東京でしか成立しない信頼確認であり、IACという会社の署名だった。
Jayの役割
この場面でJayは、笑いの主役ではない。むしろ、彼の存在は別の重要性を持つ。 Bradの直感と突破力に対し、Jayは構造を与える人だった。 Harvardで鍛えられた経営感覚、事業計画を形にする力、数字と契約の現実感。 二人の組み合わせは、東京のインターネット創世記において、単なる友情ではなく、 事業のエンジンだった。
起業には、火をつける人間と、その火を炉に入れる人間がいる。 火だけでは燃え尽きる。炉だけでは暖まらない。 BradとJayの物語は、しばしばこの二つの緊張で読める。 ゴジラ条項はBradの火である。共同事業の構造はJayの炉である。 その両方があったから、IACは東京で一瞬、あり得ない速度で前へ進んだ。
だから、のちにNewJersey.co.jpだけを逃したという出来事が痛む。 それは単なる一州の見落としではない。 それは、火と炉で作った地図の中で、炉を支えた友の故郷だけが欠けたという事実である。 もし他の州だったなら、笑って済ませられたかもしれない。 しかしニュージャージーだった。Jayの州だった。
名前を取るということ
.co.jpの登録をめぐる物語は、いま読んでも荒々しい。 当時のルールは、会社ひとつにつきドメイン名ひとつという考え方だった。 しかし、事業はひとつの名前だけで語れるものではない。 Coca-Colaに複数の商品があるように、Toyotaに複数の車種があるように、 インターネット上の商業活動にも複数の入口が必要だった。 BradとJayは、その商業的な直感を早く持っていた。
そこで見えた突破口が、Delaware法人だった。 ルールが「一会社一ドメイン」であるなら、一つずつ会社を作ればよい。 それは屁理屈ではなく、ルールを文字通り読んだ結果だった。 法人を作り、名前を取り、事業計画を与える。 Japan.co.jp、JPN.co.jp、usa.co.jp、america.co.jp。 そこから、州名の地図が生まれていく。
この瞬間の興奮は、いまの静かな管理画面からは想像しにくい。 画面の前で名前を確認する。空いている。取れる。事業になる。 そのたびに、未来の土地が増えていく。 それは不動産ではないが、不動産に似ていた。 住所であり、看板であり、新聞名であり、旅行案内であり、教育ページであり、 まだ存在しない会社の玄関だった。
そして、アメリカの州名を一つずつ取っていく。 Alabama、Alaska、Arizona、Arkansas、California、Colorado。 地図が埋まる。まるで幼い頃の地理帳に、未来の商業インターネットを重ねるような作業である。 その作業には、冷たい投資ではなく、明らかに熱があった。 すべての名前に事業計画がある、という思想があった。
それなのに、ニュージャージーが抜けた
ここで物語は、急に人間くさくなる。 すべての州を取ったはずだった。だが、NewJersey.co.jpだけが抜けていた。 しかも、それはJay Smithの故郷だった。 成功の最中にある見落としは、すぐには痛まない。 走っている時には、足に刺さった小さな棘に気づかない。 しかし年月が経ち、地図を見返したとき、その棘は急に存在感を持つ。
なぜ抜けたのか。疲れていたのか。勢いがありすぎたのか。 誰かが確認したと思ったのか。Jayがいるのだから当然入っていると思ったのか。 その理由を細かく追っても、答えは出ない。 重要なのは、抜けたという事実である。 そして、その事実が、のちにサイト全体の神話になったということである。
JayはBradを責めたくなるかもしれない。Bradは、Jayも部屋にいたと言いたくなる。 そのやり取りまで含めて、これは友情の話である。 本当に大切な失敗は、誰か一人の責任にして終わらない。 二人が同じ部屋にいて、同じ夢を見て、同じ地図を埋めていた。 それなのに、Jayの州だけが抜けた。 だから、この失敗は笑える。そして、笑ったあとで、少し痛む。
NewJersey.co.jpの欠落は、地図の穴ではない。友情の中に残った、小さくて消えない余白である。
見落としを、どう扱うか
失敗には二種類ある。隠す失敗と、育てる失敗である。 隠す失敗は、いつまでも傷のまま残る。 育てる失敗は、やがて物語になる。 newjersey.usa.co.jpは、後者である。 NewJersey.co.jpを持っていないことを弱点にするのではなく、 その欠落を、ニュージャージーをより深く書く理由に変える。
もしNewJersey.co.jpを持っていたら、このサイトは普通の州サイトになっていたかもしれない。 美しい海岸、Princeton、Atlantic City、Jersey City、Hoboken、Newark、 Pine Barrens、Cape May、ダイナー、ピザ、ベーグル。 それだけでも十分に良いサイトになっただろう。 しかしnewjersey.usa.co.jpには、別の重力がある。 これは「なかった名前」を抱えているサイトである。
その重力があるから、Dealが重要になる。 Dealは、ニュージャージーの中でも目立ちすぎない町である。 だが、静かな海辺、家族の夏、共同体の記憶、Norwood Avenue、Conover Pavilion、 Long BranchやAsbury Parkとの距離感の中に、ニュージャージーの見えにくい層がある。 見落とした州を取り戻すなら、派手な観光地だけを並べてはいけない。 見えにくい町を、見えるようにしなければならない。
Jayのニュージャージーを、観光地ではなく故郷として読む
日本語の旅行サイトは、しばしば「行くべき場所」を並べる。 それは便利である。だが、ニュージャージーをJayの故郷として読むなら、 「行くべき場所」だけでは足りない。 故郷とは、観光名所の集合ではない。道、匂い、駅、家、食卓、海風、学校、 運転の癖、週末の移動、家族の沈黙、昔の友人の声でできている。
ニュージャージーは、よく誤解される。 ニューヨークの隣、空港の州、高速道路の州、通過する州。 だが、誰かの故郷として見れば、その見方は変わる。 ニューヨークへ向かう橋の手前にも生活がある。 フィラデルフィアへ向かう道の途中にも記憶がある。 海岸へ行く夏の車内にも、州の魂がある。
Jayの故郷としてのニュージャージーを書くとは、 この州を中心に戻すことだ。 他の都市の影ではなく、ひとつの主語として扱うことだ。 だからこのページは、Jayへの追悼ではなく、Jayを通してニュージャージーを主語に戻す試みである。 見落とした州を、見直す州にする。
東京からニュージャージーへ戻る線
この物語の不思議なところは、始まりが東京にあることだ。 Roppongiの事務所、Compaqの高層オフィス、NTTの会議室、東京大学の壁、 JPNICとの対立、オンライン広告、掲示板、電子メール。 その東京の記憶が、最終的にニュージャージーへ戻ってくる。 Jayの故郷を見落としたという一点が、東京の起業史とアメリカ東海岸の地図をつなぐ。
ゴジラ条項も、NewJersey.co.jpの欠落も、同じ精神から生まれている。 ルールを読み、抜け道を見つけ、冗談を武器にし、真面目な場面に人間味を入れる。 そのやり方は、危うい。だからこそ魅力がある。 完璧な管理者なら、ゴジラを契約書に入れない。 完璧な登録者なら、ニュージャージーを忘れない。 しかし、完璧な人間だけでは、歴史は動かない。
歴史を動かすのは、ときに雑で、速く、怖いほど大胆な人間である。 そして、その横に、構造を作る人間がいる。 BradとJayの物語は、その組み合わせだった。 だから、NewJersey.co.jpを逃したことさえ、いまは二人の物語の一部になる。
実際にJayの州を歩くなら
このページは記憶の章だが、newjersey.usa.co.jpは実際に旅をする人のためのサイトでもある。 Jayの州を歩くなら、まず海と都市と大学町を分けて考えるとよい。 DealとLong Branch、Asbury Parkを組み合わせれば、静かな海辺と再生した海辺の都市文化が見える。 Princetonを歩けば、ニュージャージーの知的な格式が見える。 Red Bankに泊まれば、川沿いの落ち着きと海岸への接続が得られる。
旅の目的は、名所を消化することではない。 Jayの故郷としてニュージャージーを見ることだ。 そのためには、車で急ぎすぎない方がよい。 高速道路で通過するのではなく、一つの町に降りる。 ダイナーで朝食を食べる。海を見に行く。古い町の通りを歩く。 その時間の中で、ニュージャージーはようやく「通過する州」ではなくなる。
見落としから生まれた、より強い名前
newjersey.usa.co.jpという名前は、NewJersey.co.jpより長い。 しかし、その長さには意味がある。 これは、USA.co.jpの中に置かれたニュージャージーであり、 同時に、Japan.co.jpのネットワークから見たアメリカである。 日本語でアメリカを読む。その中で、ニュージャージーだけが特別な傷を持つ。
その傷を隠さないことが、このサイトの品格になる。 私たちは完璧な地図を作ったのではない。 欠けた地図を見つけ、それを認め、そこに物語を置いた。 その方が、人間らしい。Jayらしい。Bradらしい。 そして、インターネット創世記らしい。
だから、このページの結論は単純である。 NewJersey.co.jpは取れなかった。 しかし、ニュージャージーは失われていない。 Jayの故郷として、newjersey.usa.co.jpに戻ってきた。 取り逃がした州ではなく、忘れられなかった州として。